戦後

可愛らしい!?ヒバゴン

それは1970年7月20日午後8時ごろのことらしい。Mさんの車の前を大きなけだものがサッと横切った。ゴリラに似て子牛ぐらいの大きさに見えたという。謎の怪物「ヒバゴン」の最初の出現であった。その後,相次いだ目撃情報によると,身長は1.5~1....
江戸中期

能勢妙見へと続く信仰の道

能勢の妙見さんへは能勢電鉄,ケーブルカー,リフトと乗り継いでやっとたどり着く。今でも多くの人で賑わっているが,妙見参りは江戸時代中頃からさかんになってきたようだ。昔は当然ながら歩いて登っていた。大阪府豊能郡豊能町吉川に「吉川旧妙見山参道鳥居...
特集

南朝の隠れ里(近衛殿⑤)

「文中」という元号はあまり耳にすることがないが,南北朝時代に南朝方で使用されたものである。この元号が刻まれた鰐口が中谷神社に伝わる。ここは岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿。おそらくは南朝の勢力下にあったこの地において,南朝の関白を務めた近衛経...
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謎の公家の小さな墓(近衛殿④)

南北朝の争いは,天皇家と勤皇武士だけでなく,公家の争いでもあった。二条為忠は後醍醐天皇に近い立場にあり吉野で行動をともにする。南朝の歌集「新葉和歌集」にも作品が収められている。二条家は歌道で知られる御子左家の流れである。岡山県苫田郡鏡野町中...
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後醍醐帝に直諫した公家(近衛殿③)

あの後醍醐帝の側近重用を諫めたという気概ある公家,万里小路藤房。諫言が聞き入れられず出家,失踪し,その後のことは不明とされる。岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿に「藤房公墓碑銘」がある。藤房は,先にこの地に移り住んでいた近衛経忠公を訪ねたが,公...
特集

近衛家と美作の山里(近衛殿②)

勤皇武将,北畠親房を困らせたのが,南朝の分派行動「藤氏一揆」を画策した近衛経忠という公家である。小山氏など藤原流の氏族を結集し東国で一勢力を築こうとしたという。岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿に「関白塚」があり,唐門を入ると「関白左大臣近衛経...
特集

みやびな山里の廃校(近衛殿①)

「近衞小学校」が京都市内にあっても違和感はない。京都市立近衛中学校は実在するのだ。近衛(このえ)といえば藤原氏の流れをくむ公家の名家を想い起こす。おじゃる丸が通いそうな,この雅な名称の小学校は,どこにあるのだろうか。正確には,あるのではなく...
戦前戦中

蚊取線香ゆかりの神社

この夏も蚊取線香にはずいぶんお世話になった。最近はピレスロイドではなく天然除虫菊で作った蚊取線香も多く出回っている。体に優しいイメージがあるからだろう。尾道市向島町兼吉の亀森八幡神社の境内に「除蟲菊神社」がある。 昭和五年の創建で上山栄一郎...
源平

高倉上皇の嘆息

安徳天皇に譲位した高倉上皇は,ひと月後の治承四年三月に厳島行幸に出発する。『高倉院厳島御幸記』によると,往路は「備前の国こじまのとまりに着かせたまふ。御所つくりたり」と三月二十三日に,復路は「備前の国うちうみとほらせ給ふ。日いりかたにこじま...
江戸後期

根室の小島の存在感

根室港にある弁天島は天然の防波堤である。さらに島の両端には人工の防波堤が付け加えられ,漁船をオホーツクの荒波から防いでいる。数年前に「根室さんま祭り」で無料提供のサンマ2匹を炭火焼きでいただいた思い出がある。この近海は日本有数の漁場なのだ。...