特集

月から見える万里の長城(中国その四)

万里の長城が本当に月から見えるかどうかは知らない。しかし,誇大広告であっても,そう思わせるだけのスケールはある。夏だったので遠くが霞んで見えなかった。どこまで続くのかと,現地案内をしてくれた方に聞いたが,困った顔をして説明できないと言われた...
特集

忘れられた聖蹟(後)

聖蹟といえば,首都圏の方なら聖蹟桜ヶ丘が思い浮かぶだろう。ここは明治天皇ゆかりの地だ。発展に次ぐ発展を遂げる日本を導いた明治大帝の足跡は,聖蹟と呼ばれるに相応しい。昭和天皇はどうか。昭和天皇の聖蹟を訪ねてみよう。総社市窪木の長良山に石鎚神社...
特集

忘れられた聖蹟(前)

天皇陛下が御出でになると聞けば沿道には大勢の人々が参集する。小旗を持ちケータイを構え親しみを込めて手を振って奉迎する。国民との距離が近い現代の皇室の姿である。戦前には想像もつかなかったことだろう。聖上陛下の神々しい御英姿には,臣民は恐懼感激...
平安

東北の英雄を近畿で偲ぶ

歴史的評価は移ろいやすいもので,反乱という言葉が抵抗に置き換えられている。朝廷から見ると王化に従わぬ不届き者であっても,現地の民衆からすると圧政と闘う英雄だ。こうした例の代表格が阿弖流為(アテルイ)である。枚方市牧野阪2丁目の牧野公園(阪上...
特集

400年後に貢献する皇帝(中国その三)

帝の墓に入るのは滅多な事ではできない。天皇家の墳墓なら参拝するのみだ。人民の国家,中国では皇帝の墓が観光地になっている。商魂たくましいのではなく,観光することで皇帝の偉大さ,国家権力の強大さを実感させる効果があるのだ。中華人民共和国昌平区十...
江戸中期

火消し地蔵

備中玉島の地蔵が江戸の火事を消したという。だから伝説はおもしろい。まったくの架空の物語ならイマジネーションがすべてである。しかし,伝説には痕跡がある。目の前に縁の物があるだけにリアリティがある。それが語り伝えられたという現実がある。倉敷市玉...
江戸中期

玉島の良寛さん

親死子死孫死,冒頭から縁起でもないのだが,これは目出度い言葉である。順番通りにこの世を去ることが幸せなことであり,その逆ほど不幸なことはない。私はこれを良寛和尚の言葉だと思っていたが,一休和尚あるいは仙厓和尚の言葉らしい。どの方も逸話の多い...
弥生以前

津雲貝塚の味覚

岡山の郷土料理ばら寿司の具材として欠かせないのがモガイ。一般的にはサルボウが和名である。これらの貝の仲間が寿司ネタで有名なアカガイだが,岡山ではサルボウが「赤貝」として売られているからややこしい。笠岡市西大島字津雲に「津雲貝塚」がある。縄文...
江戸後期

密貿易の英雄

日本の周囲には鉄のカーテンも鎖も何もない。ただ海が広がっているだけだ。その海は「唐,阿蘭陀迄境なしの水路也」(林子平「海国兵談」)である。入って来られやすいが出ても行きやすい。鎖国の江戸時代,外国船侵入事件は幾つもあるが密貿易の事件は薩摩藩...
特集

17=9+9で縁起よし(中国その二)

9という数字は縁起がよい。中国の話だ。極陽数,つまり一桁の奇数のうち最大であることから,皇帝から民衆まで皆が愛した数字なのだ。今日紹介する橋も,9にまつわる名称が付けられている。中華人民共和国北京市海淀区新建宮門路にある頤和園に「十七孔橋」...