明治

明治天皇の小休止

今では山陽道は山陽自動車道のことをいい、まさに国土軸を形成する幹線道路であるが、近世の山陽道も当時の幹線道路だった。明治になっても近世山陽道の役割は衰えることはなかった。その重要性は、明治天皇、伊藤博文というVIPが通過していることから分か...
南北朝

日本を守った播磨のヒーロー

最近はB級グルメやゆるキャラで地域おこしが盛んに行われているが、ローカルヒーローというのもある。ゴレンジャーのような戦隊モノの格好をしている場合が多いようだ。今日紹介するのは藤原貞国という播磨国のローカルヒーローである。兵庫県揖保郡太子町太...
室町

赤松氏の名水

水がペットボトルで売られているのを初めて見た時、水にお金を出すのか、と思ったものだ。今ではよく分かっている。おいしい水は簡単には手に入らないことを。環境省選定の名水を求めてポリタンクを持って出掛ける人は多い。今日は播磨の守護大名、赤松氏が選...
南北朝

聖徳太子の見た眺め

実際には歩いていない水戸黄門が全国を漫遊する。空海の訪れていない場所に弘法の水伝説がある。伝説とか信仰とはそういうことなのだろう。そうあってほしいという人々の願いが物語を形成するのだ。今日紹介するのは聖徳太子信仰の本場、兵庫県太子町の伝説地...
特集

文化財の庭石(鵤荘・下)

史跡巡りの楽しみは、史跡を見つけた時の喜びである。事前に調べて当たりをつけてから行くので見つかるはずではあるが、あぁこれか、と目の前にすると感慨はひとしおである。今日も法隆寺領播磨国鵤荘(いかるがのしょう)の境界を示した牓示石(ぼうじいし)...
特集

交通と産業の要衝(鵤荘・中)

説明がなかったら気に留めないだろう。愛でるような石とはとてもいえない。しかし、その石は永年にわたって荘園の境界を示すものとして人々に意識されてきた。そのことが石に歴史的な生命を吹き込んだのだ。今日は法隆寺領播磨国鵤荘(いかるがのしょう)の牓...
特集

荘園の痕跡(鵤荘・上)

おそらく中世は荘園だらけだったのではないかと思われるが、それを実感できる遺物となるとなかなか残っていない。古文書や埋蔵文化財にはあるかもしれないが、現地を訪れて目の当たりに出来る史跡はないのか。と思ったら、あった。兵庫県揖保郡太子町鵤字北山...
大正

帝室技芸員の夢殿

落語家や歌舞伎俳優、あるいは茶道などの芸事には名跡という代々襲名していく名前がある。建造物という美しい作品を残す建築家にもそれがあった。「伊藤平左衛門」である。初代が1609年に名古屋城の築城に従事したことに始まり、以来十二代に至るまで堂宮...
奈良

スタンプラリーの起源

あるお坊様が死んだ。死んだと思ったら閻魔様の使いが迎えにやって来た。お坊様が閻魔様の前に進み出て「どのようなことでお召しになったのでしょうか」と言うと、閻魔様はおっしゃった。「そもそも、日本には観音さまの浄土という霊地が33か所ある。一度こ...
平安

頭痛を治す皇子

父が天皇でその第一皇子なら、当然ながら皇太子となり、行末は天皇として歴史に名を刻むことになったはずだ。そううまくいかないところが現実であり、皇位継承には権力闘争がつきものである。その典型の一つが保元の乱、兄・崇徳上皇と弟・後白河天皇の争いで...