安土桃山

石山合戦終焉の地

人名や地名は、人にあっては顔のようなもので、間違えられると本当にがっくりする。しかし、漢字にふりがなが振られているわけではなし、読み間違えは、ままあることだ。「深日」も字面が易しいわりには、難読の部類に入るだろう。大阪府泉南郡岬町に鶴龍山金...
江戸前期

お若えの、お待ちなせえやし

子どものころ町内の運動会で、ペアになる人を探して二人でゴールする種目があった。「友和」のカードを取った人は「百恵」を見つけ出し手をつないでゴールに駆け込んだ。ところが「お軽」が「勘平」を探し、「お七」が「吉三」を求め、「お夏」が「清十郎」を...
戦後

昭和維新の思想家

維新の会が人気である。大阪維新の会というが、国政をも変革しようという構想を抱いている。大前研一という経済評論家が「平成維新」を主張していた。かつて右翼の街宣車は「昭和維新」の断行を叫んでいた。さらに遡ると、大隈重信首相が「大正維新」を唱えて...
大正

子孫の勝手でしょ

「十五夜お月さん」と言われたら「見ては~ねる」という「うさぎ」のわらべ歌が思い浮かぶ。文部省唱歌である。それとは別に野口雨情が作詞した「十五夜お月さん」という歌もあるのを知ったのは、この記念碑のおかげである。目黒区下目黒3丁目の目黒不動尊・...
江戸中期

さつまいも先生の業績

さつまいも掘りは幼稚園行事の定番で、うちの子もお世話になった。スーパーでは見たこともないような大きな芋が出て来ると、親のほうが興奮している。収穫の喜びと自然への感謝は大昔から大切にされてきた姿勢だが、それを分かりやすく体験できる。子どもは天...
江戸中期

八百屋お七物語の後日談

橋はフラットなものと当たり前に思っているから、眼鏡橋とか太鼓橋などのアーチ形の構造美には目を奪われてしまう。今日は東京目黒に大正年間まで美しい石造アーチ橋があったというお話である。少し前まで橋のたもとに「太鼓鰻」という老舗の鰻屋があったが、...
江戸中期

大火災を忘れぬために

火事ほど恐ろしいものはない。日本史上最悪の火事が明暦の大火とするならば、明和の大火は次点に位置付けられるだろう。江戸市中の三分の一が灰燼に帰し、死者は1万4700余人を数えたという。明和9年2月29日のことであった。明和9年は「迷惑年」とし...
江戸前期

大仏を開眼した法親王

格式の高い寺院を門跡といい、宮門跡には法親王となった皇族が入っていた。幕末史に登場する輪王寺宮や仁和寺宮らが法親王である。興福寺一乗院も門跡寺院であったが廃仏毀釈で今はなく、法親王の墓地を残すのみである。奈良市雑司町の東大寺に「尊覚親王以下...
安土桃山

その後の濃姫

17日(土)にテレビ朝日系列で「ドラマスペシャル濃姫」が放映された。織田信長を主人公とするテレビ、映画は数知れないが、その正室である濃姫をヒロインとしたものは、これまでにあったのだろうか。観月ありさの好演は、謎の多いこの女性のイメージ形成に...
奈良

小中華演出の空間

よく何周年記念というイベントがあるが、1300年ともなると壮大で、遠い目をして悠久の歴史に想いを馳せたくなる。平城遷都1300年祭である。この年の夏休みの終わりごろに行った。けっこう賑わっていたように記憶しているが、あまりにも広くて下の写真...