江戸前期

地名変更で本当に幸福になった

名は体を表す。分かりやすいのは「京都府」で、「京」も「都」も「府」も「みやこ」の意味だ。さすがは千年の都である。それに比べたら「東京都」なんぞ歴史が浅い。ましてや「大阪都」は…。僭称のそしりを受けないことを願っておこう。福井市大手3丁目の福...
戦前戦中

平和を愛した海軍大将

ふつう銅像は、キメのポーズだとか厳めしいとか、堂々としたイメージを抱かせるものだが、この銅像はどうだろう。人のよさそうな老人が杖を持って立っている。杖の頭に鳩が付いている。福井市大手三丁目の中央公園に「岡田啓介像」がある。制作は雨田光平、題...
南北朝

殿さまが認定した戦没の地

行ったことはないが、分倍河原駅前にナポレオン騎馬像のような新田義貞公の銅像があるそうだ。時に元弘三年(1333)、新田義貞の軍勢はここで鎌倉幕府軍を打ち破り、一気に鎌倉を目指し進撃していくのである。武将としての力量はライバル足利尊氏に引けを...
源平

流罪となった関白さま

大河ドラマ『平清盛』の視聴率が低迷しているかどうかは、我が事にあらず。うちでは毎週欠かさず見ている。この前は「殿下乗合事件」で、摂関家の藤原基房が平家の怒りに恐れおののいていた。目を丸くしてビビる基房を好演しているのが細川茂樹である。さすが...
安土桃山

関東地方は堀氏の領土だったという幻

織田信長は当然ながら多くの近習を抱えていたが、近習出身で自身あるいは子孫が大名になった者は数少ない。本能寺の変をくぐり抜け、秀吉、次いで家康と主君を変えていく離れ業をこなさねば生き残れないのだ。近世大名となったとしても、お家断絶の危機を乗り...
安土桃山

義に生きた戦国の佳人

お市の方といえば、天下一の美人であったというイメージが定着している。おそらくは、あの有名な肖像画、高野山持明院蔵「浅井長政夫人像」(重要文化財)に見られる美しさによるものだろう。娘の淀君が母の七回忌の追善供養を行った際に奉納したものと伝えら...
古墳

継体大王と明治大帝

4等身といえば、赤ちゃんかアニメのキャラクターである。しかしどうだ、この仙人のような老人は。何とも風格があり、威厳さえ感じられるではないか。いいぞ、4等身。親しみやすさと厳かさを兼ね備えたこの人物とは?福井市足羽上町の足羽山に「継体天皇石像...
安土桃山

秀吉に一矢を報いた勝家

天正11年(1583)4月21日(陽暦6月11日)、賤ヶ岳の戦いにおいて、柴田勝家は羽柴秀吉に敗北し北ノ庄へ退却した。22日、柴田側についていた前田利家が秀吉に降伏した。23日、秀吉は北ノ庄に入り愛宕山を本陣とし総攻撃を行った。そして24日...
江戸前期

夕顔とヘチマの伸びた小さな家

『奥の細道』は道の奥だから「みちのく」で、東北地方にばかり目を奪われていた。今日は越前の細道である。芭蕉の出発地については以前に「奥の細道の起点」としてレポートしたことがある。ここを元禄2年(1689)3月27日に出立して東北地方に向かい、...
幕末

日露同盟を主張した秀才

中国の歴史上の人物のうち、岳飛(がくひ)は一、二を争う人気だそうだ。漢民族の英雄である。当時の宋(漢民族)は北方から金(女真族)に攻め込まれ亡国の危機を迎えていた。岳飛は農民出身ながら文武両道、義勇軍に入り数々の軍功を上げ皇帝から認められる...