平安

瀬戸内海賊の敗残兵

落人といえば平家伝説だと思う。源平合戦のみならず、日本史上の数多の戦乱において、引き分けでなければ敗者はいた。残党狩りもあったことだろう。追及を逃れて山里深く落ち延び、生き長らえた者もいたに違いない。今日の史跡は落人伝説の里である。相生市野...
江戸中期

天明の打ちこわし・相生編

「サムサノナツハオロオロアルキ」とは「雨ニモマケズ」の一節である。これが冷夏のことだと知るのに時間がかかったし、冷夏によって本当に米不足になるのだと知るのにもずいぶん時間がかかった。平成5年の冷害は江戸時代ならば飢饉が発生したに違いない。あ...
江戸前期

大石内蔵助お気に入りの庭

元禄赤穂事件(忠臣蔵)の主役、大石内蔵助のリーダーシップ、危機管理能力、そして駆け引きの上手さには感心させられる。確かに偉大な人物だと思う。しかし、考えてみるがよい。彼を歴史の表舞台に引き出したのは、主君・浅野内匠頭の刃傷事件である。普通あ...
飛鳥

うつほ舟でやってきたVIP

「大魔神」が50年ぶりに太秦に復活した、と14日の京都新聞のサイトが伝えている。埴輪の武人像のような大魔神が約6mの大きさで商店街に立っているという。懐かしげに報道しているのだが、私にはさっぱり分からない。少々世代がずれているようだ。それよ...
江戸中期

目の病を治した井戸

講談を生で聞いたことがないが、張り扇で釈台を調子よく叩いて、見てきたような嘘をつくらしい。嘘であろうが、本当のように聞こえて面白ければ、聞く価値があるというものだ。赤穂義士を扱った演目も多いが、その中に『神崎の詫証文』というのがある。今日は...
平安

和泉式部の雨宿り

シダレグリには伝説がつきもののようだ。長野県上伊那郡辰野町では弘法大師が栗の実を分けてくれたお礼にと枝を垂らしたという。岡山県真庭郡新庄村では後鳥羽上皇が箸に使った栗の枝を逆さに挿したものが枝垂れ栗となったという。相生市若狭野町雨内に「和泉...
江戸前期

赤穂で続いていた浅野家

元禄14年(1701)の浅野内匠頭(たくみのかみ)の殿中刃傷事件により、赤穂藩はお取り潰しとなった。家老・大石内蔵助は内匠頭の弟・大学によるお家再興を期待していたが、それもならず、同志とともに討ち入りに及ぶ。大学は広島の浅野宗家にお預けにな...
江戸後期

15歳の少年を描いた絵馬

吉川弘文館のシリーズ『敗者の日本史』が面白い。皇位をうかがったという道鏡を扱った巻が最近発売された。道鏡は勝者から見事に敗者に転落した典型的な人物である。しかし前回の配本のテーマである赤穂事件では、誰が勝者だったのか。そして敗者は誰だったの...
幕末

ひょうたんなまず総理大臣

学業成就は若い人の切実な願いである。それで、菅原道真を祀る神社が各地にあるのだ。いや、道真公だけでは手が足りないらしく、各地を巡っていると、橘逸勢、僧契沖、藤田東湖も学業成就に効験あらたかだと分かった。今回は、学問の神様リストに阿部正弘公を...
江戸前期

武蔵と養子の三木之助

大河ドラマの視聴率がいつも話題になる。当の脚本家や演出家にとっては気が気でないだろう。「平清盛」は散々だといわれたが、よくぞあそこまで描いてくれたと私は感謝している。「八重の桜」も伸び悩んでいるという噂が聞こえてくるが、佐幕派の頑張りに期待...