戦後

日本三大稲荷異説

日本三大稲荷といえば…、実は様々な説があって公式見解はない。公式も何も自称なので、みんなちがってみんないい、である。ただし、いずれの説にもまず伏見稲荷が入っていることだけは確認しておきたい。伏見稲荷大社は京都市伏見区深草藪之内町にある稲荷神...
古墳

古墳で遊んで大発見

「僕の宝」は重文青銅鏡神戸の小6 4年前拾った破片本日の毎日新聞に掲載の記事の見出しだ。小学生1年生の時に鬼ごっこをしていた際に金属片を拾った。6年生の歴史の授業で青銅鏡を習った。ピンときたので金属片を学校へ、そして市教委へ、さらに奈良文化...
安土桃山

尾道で荒木村重を探す

責めを一身に負ってだとか、大義に殉じてだとか、美しく死んでゆく話は多い。死を無駄にせず冥福を祈るためにも語り継ぐ必要があるだろう。しかし、極限の状況の中で命を惜しみ生き永らえた者も立派とせねばなるまい。その後の人生を卑怯者という評価と共に生...
大正

柔道でつなぐ会津若松と尾道

『八重の桜』を見なくなってしまった。会津戦争がドラマのクライマックスだったように感じる。このような輩がいるから視聴率が伸びないのだろう。申し訳ない。しかし、半年でかなりの収穫があった。まずは、松平容保と彼が巻き込まれた政治状況。長州を悪役に...
江戸中期

花火で称えられる謎の名奉行

今年も鍋の季節がやってくる。鍋奉行にアク代官とは、よく言ったものだ。蒙昧な民は肉、肉と騒ぐのだが、奉行は毅然と対処し、民に最後までおいしい具材と汁を施してやらねばならぬ。鍋を治める者は夕食を制す。その者こそ名奉行である。尾道市東久保町の浄土...
南北朝

足利兄弟、栄光の足跡

平清盛と足利尊氏はかつては悪人のイメージが強かった。最近はどちらも復権して歴史の流れをつくった人物として高く評価されている。清盛の死後、平氏は西海へと敗走する。尊氏もまた西海に落ちたことがあった。異なるのは、平家は西海に沈んだが、尊氏はみご...
平安

恋の道と信仰の道

小倉百人一首56番は「あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな」という和泉式部の歌である。死ぬ前にもう一度会いたい!という強烈なメッセージで、恋多き女、式部にふさわしい。その式部が信仰の道に入り各地を遍歴する。備後の...
平安

和泉式部の小賢しい歌

紫式部に言わせれば「和泉はけしからぬかたこそあれ」(『紫式部日記』)だそうだ。和泉式部の人物評である。ただし歌の才能には一目置いている。「口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目にとまるよみそへはべり」と、即興の歌にもキラリと...
明治

島で考えた日中関係小史

このブログの最初の記事は、村の祖師堂にある日露戦勝記念の石鉢を取り上げた。村を挙げての祝祭ムードについてレポートした。幕末以来、我が国の人々は外国と接することを通して国家を意識するようになった。帝国主義の風潮に乗じて、対外武力行使をたびたび...
源平

開拓者は義仲の遺臣

4本前の記事で太田・絵堂の戦いを書いたが、長州俗論党の首魁・椋梨藤太のことが気になり始めた。明治維新を成し遂げた正義党を弾圧したので、すっかり悪役扱いだが、彼だって長州藩の安泰を願っての行動だったに違いない。歴史は敗者に冷たい。敗者でありな...