平安

大宰府で再会した道真夫妻

「内助の功」というけれど、妻の支えなくして活躍のできる旦那がいるだろうか。おねあってこその秀吉であり、千代あっての一豊であり、てるあっての官兵衛である。おそらく家では、さっぱり頭が上がらなかったのではないだろうか。太宰府市宰府四丁目の太宰府...
平安

道真公の亡骸を運んだ牛さん

そういえば天満宮にお参りすると牛の像をよく見かける。撫牛(なでうし)といって、お参りのかたが願いを込めてなでなでするものだから、一部分にツヤが出ている。下の写真では角と鼻がテカっている。昭和60年(1985)に奉納されたこの「御神牛」は、天...
平安

東風吹かば匂ひおこせよ

白紙(894)に戻す遣唐使、菅原道真は遣唐大使に補任されるや、遣唐使の停止を建議した。ところが、宋代になって、道真が無準師範(ぶじゅんしばん=仏鑑禅師(ぶっかんぜんじ)=臨済宗の高僧)のもとを訪れ、一夜にして悟りを開いたという伝説がある。「...
幕末

太宰府で待った明治維新

「ミュンヘン一揆」は、1923年11月8~9日にヒトラーらが政権奪取を企図して起こしたクーデターである。失敗に終わった。だが、後にヒトラー政権が実現すると、一揆ゆかりのミュンヘン・オデオン広場は聖地と化していくのだ。ナチス政権の原点であると...
明治

日中関係のターニングポイント

6月11日、東シナ海の公海上空で中国のSU27戦闘機が自衛隊機に異常接近した。7月7日、盧溝橋事件77周年の式典に習近平国家主席が出席し、「今も少数の者が歴史の事実を無視しようとしているが、歴史をねじ曲げようとする者を中国と各国の人民は決し...
平安

史跡保存は大宰府跡に学べ

しばらく更新していない間に、開設以来の総アクセス数が9万を超えました。これまでの御愛読に感謝申し上げるとともに、引き続きの御引立てのほど、よろしくお願いいたします。太宰治(だざいおさむ)のお墓を紹介したことがある。桜桃忌の当日だっただけに、...
飛鳥

祝・「水城」築造1350周年!

1350年の時を経て、土の中から緑の葉っぱが見つかった。しかし、空気に触れたのですぐに茶色に変色したという。5月30日に福岡県教委と九州歴史資料館は、大宰府の防衛施設「水城」跡で、地盤補強のため土塁の底部に敷きつめた「敷粗朶(しきそだ)」の...
南北朝

血は奔湍に迸りて紅雪を噴く

武者と馬の像といえば、ナポレオン騎馬像のようにキメキメのポーズをとるのが一般的だ。このブログでも南朝の忠臣、楠木正成像を紹介したが、やはり馬が跳ねている。ところが下の写真の武者は馬から降りている。とてもキマっているようには見えない。いったい...
戦前戦中

東洋一を誇った航空基地

週明けに、いよいよ集団的自衛権の行使容認の閣議決定がなされるようだ。「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」など3つの要件が付いている。日本が存立できなくなるという状況なら武力行使もしゃあないな、とい...
飛鳥

百済救援戦争の大本営

対外戦争において天皇が動座されたのは、百済救援戦争と日清戦争である。大東亜戦争でも御動座の計画はあったが幸いなことに幻で終わった。日清戦争で明治天皇は広島に大本営を置かれた。これに伴って広島で臨時帝国議会が開催されたことは既に書いた。本日の...