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籠りたる八幡は何処?(西行と児島・下)

西行法師は若かりし頃ある八幡社で修行し,後年再び訪れ,次の歌を詠んだという。昔見し 松は老木に なりにけり                  わが年経たる ほども知られて 『山家集』本家争いはどこにでもあるものだ。この八幡社はどこなのか。前...
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昔見し松は老木に(西行と児島・中)

昔住んだ場所に久しぶりに帰ってみると,懐かしさとともに変貌にも驚かされる。新しかったものがずいぶん古くなっており,改めて歳月の経ったことを感じさせられる。倉敷市曽原に鎮座する清田八幡神社には「西行法師腰掛岩」がある。また,最近つくられた法師...
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法師が訪れたビーチ(西行と児島・上)

「腰掛岩」の伝説は各地にあって古人を偲ぶよすがとなっている。歌僧の西行法師も腰掛岩を残す一人だ。本当に腰掛けたのか後に創られた話なのか,いずれにしろ腰掛けるにちょうどよい形をしている場合が多い。玉野市渋川2丁目の海水浴場に「西行さんのこしか...
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御落胤の伝説(秀吉生誕地・下)

庶民と思われる人が実は貴人の子であったという「御落胤」の伝説は,歴史のミステリーとして興味深い。ただ,今となっては真偽を確かめようがないので,通説として取り上げられることは少ない。名古屋市中村区中村町木下屋敷にある太閤山常泉寺は,豊臣秀吉の...
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複数ある生誕地(秀吉生誕地・中)

現代人でもこの世に生を受けた産院がどこか知らないこともあるくらいだから,秀吉の生誕地が二つ三つあっても不思議ではない。名古屋市中村区中村町字木下屋敷の太閤山常泉寺(日蓮宗)には「豊太閤御誕地」の門柱が立つ。地名といい山号といい秀吉の生誕地に...
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出世街道の起点(秀吉生誕地・上)

豊臣秀吉を日本人は大好きだ。出世の夢を体現している武将であり,良くも悪くも人間味あふれる政治家であった。信長の家来として史料に登場する以前は不明なことが多いのだが,史実を伝説が補って,その誕生からドラマが始まっている。名古屋市中村区の中村公...
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南朝の隠れ里(近衛殿⑤)

「文中」という元号はあまり耳にすることがないが,南北朝時代に南朝方で使用されたものである。この元号が刻まれた鰐口が中谷神社に伝わる。ここは岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿。おそらくは南朝の勢力下にあったこの地において,南朝の関白を務めた近衛経...
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謎の公家の小さな墓(近衛殿④)

南北朝の争いは,天皇家と勤皇武士だけでなく,公家の争いでもあった。二条為忠は後醍醐天皇に近い立場にあり吉野で行動をともにする。南朝の歌集「新葉和歌集」にも作品が収められている。二条家は歌道で知られる御子左家の流れである。岡山県苫田郡鏡野町中...
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後醍醐帝に直諫した公家(近衛殿③)

あの後醍醐帝の側近重用を諫めたという気概ある公家,万里小路藤房。諫言が聞き入れられず出家,失踪し,その後のことは不明とされる。岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿に「藤房公墓碑銘」がある。藤房は,先にこの地に移り住んでいた近衛経忠公を訪ねたが,公...
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近衛家と美作の山里(近衛殿②)

勤皇武将,北畠親房を困らせたのが,南朝の分派行動「藤氏一揆」を画策した近衛経忠という公家である。小山氏など藤原流の氏族を結集し東国で一勢力を築こうとしたという。岡山県苫田郡鏡野町中谷字近衛殿に「関白塚」があり,唐門を入ると「関白左大臣近衛経...